徹底検証 - なぜボルトは緩むのか
ボルト。それは締結後の取外しが容易いというシンプルな理由で、数多くの産業、数多くの設備機器で用いられる。しかし、ボルトは容易く取り外せるが故に緩みや軸力損失のリスクを常に孕んでいるものでもあるのだ。
ボルトに緩みが起こった場合、そのボルトが締結していたものによっては甚大な被害が発生することがある。たった1本のボルトが緩んでしまったことで工場の生産ラインが停止し、莫大な損失を計上する。 またはボルトに緩みが起こったことで、予期せぬ重篤な危険が発生することも考えられる。
では、ボルトに緩みが発生する主な原因は一体何なのだろうか?ボルトの緩み要因は、大別すると「回転緩み」と「非回転緩み」という2種に区別される。
「ボルト締結の不具合要因とその結果は、そのボルト締結部の目的によりますし、一般論ではその業界や現場環境によっても変わってきます。」そう答えてくれたのは、ボルトが起こす回転緩みの影響とその発生原因を広く研究しているドイツのシージェニア・オウビ合資会社、ゲオルグ・ディンジャー氏だ。
「例えば、石油化学工場において第一に懸念されるのは、錆びの問題です。一方で振動による緩みや金属疲労が課題として挙げられることは多くありません。ところが自動車産業に目をやると、その錆びと並んで回転緩みが問題の大部分を占めています。鉄骨構造物の建築では、接合された材料間の滑りや錆びが主な懸念材料となっていますが、回転緩みや気密漏れはこの業界では一般的な問題ではありません。航空機産業では、金属疲労が問題の筆頭になるでしょう。」
「ボルトを締め付ける時、嵌合するねじ部の摩擦によってねじりストレスが発生し、それがボルト軸に残存することになります。ねじりストレスは締付方向に対する反力となるため、その影響下で被締結材同士の間で滑りが起こると、ボルトやナットはねじれていたボルト軸が元に戻ろうとする力に押されるように、徐々に戻り回転を起こします。」ディンジャー氏はこのように回転緩み発生のメカニズムを解説する。
「回転緩みが起こると、ボルトの軸力は大きく損失し、やがてボルト締結体としての機能を果たさない状態にまでなってしまいます。緩みが起こるとどうなるかという点は、誰もが知っています。ところが緩みを根絶するとなれば、通常は回転緩みが起こってしまった後で実験的に試されるような方法があるだけです。」
■ ボ ル ト 緩 み の 主 な 要 因 :
- 回 転 緩 み - 振動、衝撃、変動荷重
- 非 回 転 緩 み - なじみ、クリープ、リラクゼーション回転緩みを根絶するには、被締結材同士の間で起こる滑りを完全に無くしてしまう必要がある。最低でも緩みを起こす限界点以下のレベルで抑制しなければならない。理論上、これは軸力を上昇させるか、被締結材間の摩擦を増加させる、あるいは繰り返し発生する振動や衝撃等の外力を抑える、温度変化を抑える等で実現することができる。他の一般的な予防策としては、ねじ部の摩擦を増加させることだ。この方法を採っている緩み対策品は、山のようにある。中には本当に回転緩みを防ぐのに効果的なものもあるが、その反面無視できないデメリットも孕んでいる。接着剤も摩擦を利用した対策として有効な手段になり得るが、一旦乾いて接着が完了してしまうと、取外しに難がある。また、ねじ部の摩擦を増加させるという方法は、その摩擦故に締付後の軸力が必要軸力に届かないというリスクがある。摩擦が大きくなる分、より大きな締付トルクが必要になる(作業効率という点で良いとは言えない)上、摩擦が増加するということは、そのばらつき幅も大きくなることを意味し、決められたトルクで締め付けても得られる軸力にもばらつきが発生し、必要軸力に届いていないボルトが出てくる恐れがある。広く普及している方法で、ワイヤーロックというものもあるが、締付工具以外にワイヤーをねじったりカットする余分な工具が必要になる上、緩み止め効果が得られるほど上手くワイヤーを掛けられるかどうかは、作業者の技能に左右されてしまう。
金 属 疲 労 は 永 続 的 な ダ メ ー ジ あ る い は 変形として、ボルトや被締結材に蓄積される。ボルトに軸力損失が起こると、応力が締結体全体に分散できなくなり、ボルト軸や被締結材に応力集中が起こり、疲労を招いてしまう。ボルトに疲労破壊が起これば、当然その締結体は脱落してしまう。緩みというのは軸力損失のことであり、軸力損失には「回転緩み」と「非回転緩み」の2種類が存在する。
回転緩み、あるいは自発的緩みは、本質として振動や衝撃、変動荷重等の外力によってボルトが戻り回転を起こしてしまうことをいう。例え僅かなものであっても、回転緩みはボルトの軸力をゼロにしてしまう致命的なもので、ボルトの緩みの中でも最も一般的なものだ。それに対して戻り回転を伴わない非回転緩みは、なじみ、クリープ、そしてリラクゼーションという3つの作用が原因となる。
なじみが変動荷重によって起こるケースは、致命傷となる恐れがある。変動荷重によって締結体に伝わるストレスが次第に大きくなっていくようなケースでは、被締結材が塑性変形を起こしてしまう。ノルトロックグループのテクニカルマネージャー、ハーレン・ショウの解説によれば「加わるストレスが各パーツの降伏強さの範囲内であれば、締結体を構成する殆どのパーツはボルトを取り外せば元の形状に戻ります。相手材表面の塗装が最たる例ですが、中には陥没等が起こると、元に戻らないものもあります。 例え数㎛でも被締結材のなじみが起これば、ボルトの伸び量はその分減少し、軸力損失が発生します。」
例え数㎛でも被締結材のなじみが起こると、その分ボルトの伸び量は失われる。つまり、軸力損失が発生する。
クリープとは、ボルト締結体において被締結材が長い期間、降伏点には達しないものの、大きな荷重を受け続けることで発生する不可逆的な変形で、高温環境下ではより顕著に見られる現象だ。
リラクゼーションは、時間の経過と共に弾性変形であったものが塑性変形に変化していく現象で、締結体における被締結材の材料中の微細構造が変質してしまうことで発生する現象である。なじみやクリープとの違いは、締結長さに変化が見られないことだ。このせいで、リラクゼーションの発生を見抜くことは極めて難しい。「非回転緩みによる軸力損失が発生していないかを検証する方法の1つは、一定期間経過後にボルトの長さを測定し、締付直後の長さと比較することです。」しかしショウはこうも付け加える。「ところが、リラクゼーションはこの方法では見抜けません。だからこそリラクゼーションは厄介なんです。」
疲労破壊を予防するキーポイントは、やはり設計面でどこまで配慮できるかという点だ。近年では軽量材を多用するトレンドにより、さらに高度な締結部設計が求められるようになっている。その中で設計段階での疲労破壊への配慮の重要性が増してきているのだ。ボルトの引張強さだけを考慮して、材料の弾性や剛性等の他のパラメーターを見落とすようなことがないよう注意しなければならない。
「高軸力の締結を行う時は、被締結材間の摩擦力に配慮した適正な締結部設計が、尚更重要になってきます。被締結材が長期間に亘って滑りを起こさないこと。これが大切なんです。」ディンジャー氏はこう続ける。「ごく最近まで、設計者は破断によるボルトの不具合ばかりに気を取られる傾向がありました。ですが、各締結体が軽量化される一方で設備機器は高出力化しており、破断以外の不具合への対策がますます重要になっています。」
ボルトとその使用箇所、そして想定される軸力損失の原因に合わせて、より適正な締結部設計を行うための選択肢が、通常であればいくつか考えられるだろう。
「大きな温度変化に晒されるような場所では、膨張係数が同じ材料で締結部材と被締結材を揃えることができれば、より適正に設計が行えるでしょう。」ディンジャー氏が触れるのは、非回転緩みの軸力損失に起因する不具合だ。「なじみ量を最小化し、機器の稼働による軸力損失を抑えるポイントは、被締結材同士やボルト・ナット座部との接地面の“粗さ”を無くしてしまうことです。穴径を精密化したり表面を鋸歯状に加工できれば、材料間のずれはもっと起こりにくくなりますね。」ハーレン・ショウはそれを受け、こう続ける。「一般に、弾性の高いボルトと剛性の高い被締結材を用いたものが、良い締結体とされています。それを実現するには様々な方法がありますが、ボルトの弾性力を向上させる方法の1つは、できるだけ締結長さを長く取ることです。配管フランジ等、取れる締結長さに制約があるケースでは、ボルトサイズを小さくして本数を増やしてやれば、ボルト径に対する締結長さの比率を向上させることができ、より弾性の高い締結が可能になりますね。」
多くのポイントが提示されたがこれらの総括としては、適正な締結部設計には、その締結部に加わる様々な荷重や環境の変化、そして材料選定や表面の加工等、多岐に渡る要素を因数分解することが重要なのだ。
軸力とは?
エンジニアリングの領域では多くの意味を持つ用語だが、ここではボルトが締め付けられた時に発生する張力を意味している。ボルトは締め付けられることで引き伸ばされ、ボルト・ナット間にある被締結材には圧が加えられていく。その作用によって、締付作業と共に締結力である軸力は上昇していく。
※動画画面右下の歯車マークより、日本語字幕をご覧いただけます。
ユンカー式振動試験 | JUNKER VIBRATION TEST
ボルトの緩み要因の研究は60年近く続いているが、1960年代のドイツの技術者、ゲルハルト・ユンカーの研究は今なお先駆なものであり、現在に至っても回転緩みの予防策とその理論の基礎を成している。ボルトにどの程度の振動が加われば回転緩みが起こり始めるかという点を見つけ出すという、彼が考案した試験の方法論は今、世界中でユンカー式振動試験として知られるところとなり、ドイツ工業規格DIN65151を始めとした各種の国際標準となっている。
※ノルトロックジャパンFacebookページにてモバイル用動画もご視聴いただけます。