Combating corrosion
もし金属の腐食を単に見栄えが悪い”サビ”だと考えているなら、それは大変な間違いです。腐食は何も沿岸部や洋上設備にある鉄や鋼だけに限ったものではなく、乾燥し切った内陸部でさえ発生します。そして、この金属の腐食は発生を遅らせることはできても完全に食い止めることはできません。つまり、腐食が発生する前に予防を行うしかないのです。
あらゆる金属製品、特に鉄および鋼製のものは、酸素と水分に接触すると次第に錆び始め、時間の経過と共に腐食によって破壊されて行きます。また、金属の腐食反応は2種類に大別できます。
1つ目は、酸化による腐食です。金属から電子が放出され(腐食電流)、金属が錆びる現象です。
2つ目は、電子が水や酸素を水酸化物に変える”還元”と呼ばれる現象です。水酸化物と鉄イオンが結合すると錆が形成されます。金属が錆びると表面が変化し、鉄の場合は金属表面全体に錆が広がります。
沿岸部や洋上といった環境では、pHが中性または弱酸性である海水に晒されているため、他の場所よりも錆びやすくなります。海岸付近に設置された金属は、大気中の塩分に加えて海水のしぶきを浴び、それが表面に残ります。また、大気中の塩分レベルは赤道に近付くほど上昇します。しかし、腐食の発生は塩水に晒される場合だけではありません。洗浄剤、高湿度、および下水や採鉱などの環境は、すべて腐食の進行を早めます。二酸化炭素濃度が高い化学処理環境も、金属には辛い環境となります。
テキサス州ヒューストンにあるエレメント・マテリアルズ・テクノロジー社の腐食研究所所長、エヴァ・コロナド氏は金属の腐食をこのように説明します。「金属の腐食は、ある一定の湿気・温度・大気条件下で起こる自然現象で、回避することは不可能です。ただ軽減することしかできません。腐食による劣化は、金属を使用する製品のパフォーマンスや動作に影響を及ぼし、金銭面での損害の他にも、安全性を低下させ、見栄えも悪くなってしまいます。」
NACEインターナショナル(30,000人の会員を擁する国際防食技術者協会)元理事長、ケヴィン・ギャリティ氏は、38年に渡るキャリアの大部分を腐食対策の研究に捧げて来ました。「私は電気技師として働き始めましたが、あらゆるエンジニアリングに金属の腐食が関係して来るという事実に興味を持ちました。発生する荷重の大きさや電気部品、化学反応や生体反応等、あまりにも多くの分野に腐食は関わって来ます。」
ギャリティ氏が強調したいのは、腐食は人間が多くのことに鉄を用いるようになって以来、ずっと存在し続けている問題であるということです。
では、どうしたら腐食を回避できるのでしょうか。率直に言えば、回避は不可能です。回避する代わりに「保護」を行うしかありません。その最良の方法は、製品の設計段階で腐食の影響を想定しておくことです。そうすれば、その用途において、また製品の稼働環境において、最大限耐食性が高い材料を選択できます。そして最も重要なのは、使用する金属同士がお互いに腐食を促進させるような反応を起こす組み合わせでないかを確認しておくことです。
これはガルバニック腐食として知られており、電気化学の権威であるサー・ハンフリー・デービーがガルバニー電流の謎を解明したときに生まれた原理です。ガルバニック腐食の原理に従い、エンジニアやメーカーは、ガルバニック腐食の発生を抑えるよう、材料や製品の組合せに配慮する必要があります。例えば、銅合金とステンレス合金を締結したい場合、腐食を軽減するために保護コーティングが必要になります。アルミ合金と銅の組合せは、特に塩分によってpHが上がっているような環境では避けなければいけません。更に、ガルバニー電流は材料間の電位差に左右されるため、その用途や配置する環境に影響を受けることを十分に考慮しておく必要があります。
このガルバニック腐食の認識不足は、金属の腐食による大きな事故に繋がりかねず、経営面でも壊滅的な損害を被るリスクを孕んでおり、引いては企業の社会的信頼の失墜にも繋がります。米国のある石油精製所は、腐食による脆性破壊で重大な事故を引き起こし、およそ5億ドルに上る損害を出しました。ギャリティ氏はNACEでの在任中に、かなりの数の想定外のガルバニック腐食による損害例を目にしてきました。ある米国内の原子力発電所で発生した事故が忘れられないと言います。
「発電所内には、漏電等の電気事故が発生した際に人員や設備を保護するため、電気を逃がす銅板を床面に露出させる保護システムがありました。この設備がトリチウム製の冷却水配管に接続され、まるで電池のような化学反応を起こしていたのです。銅とトリチウムのガルバニック反応によって、配管が徐々に腐食し、配管内の水漏れと放射性物質の漏えいリスクを孕んだまま、発電所の運転が継続されていたのです。」
こうしたガルバニック腐食を遅らせるために、電位差の無い(または可能な限り小さい)材料の組合せを選ぶ、特殊な塗料やコーティングで保護膜を作る、犠牲陽極を用いて重要な箇所を保護する、電流を引いてガルバニック反応を相殺する、などのガイドラインがあります。用いる防食施策は、対象となる金属やその用途、使用環境、そして予算によって変わって来ます。コーティングは、腐食を防ぐための最も一般的で安価な方法ですが、確実ではありません。例として、塩水環境で防食効果のあるコーティングを施しても脱脂溶液に耐性を示さないことがあります。
耐食性コーティングに関しては、環境への配慮という点からも広く議論されており、特に自動車業界では度々話題に上ります。汚染環境にも適応するような強力なコーティングを用いた方が良いという意見もあり、その理由は環境に優しいコーティング材よりも製品寿命が3倍長くなるという主張に基づいています。しかしその部品自体は、製品寿命の間に3回交換する必要が出てきます。ガルバニック反応に対する別の保護方法として、マグネシウムやアルミ、亜鉛製のブロック、棒、平板、押出リボンなどの犠牲陽極となる金属を導入してその金属を保護する、というものがあります。これは、酸化反応を吸収することで主要な部分の腐食を防止する、陰極の保護装置として作用します。これを実施するには直接的な接触またはワイヤーを介して、陽極―金属間の電子経路を作ってやる必要があります。また、閉回路を形成するために水や湿った土壌などの酸化剤と陽極との間、そして酸化剤―金属間のイオン経路とする必要もあります。
マグネシウム、アルミ、亜鉛は、最も一般的なガルバニックアノードです。軽量のアルミの使用は、船体、海洋のパイプラインや保存タンク等、塩水や海洋でのアプリケーションにおいて一般的ですが、錆面と接触した際に火花を伴う化学反応が起こる恐れがあるため、火気を避けるべき環境下では避けるべきです。一方、マグネシウムは、最も負電極電位のアノードであるため、地中や土壌関連のアプリケーションでよく使われます。
腐食に起因する事故の多くは、製品の設計や開発時に適切な対策を取っていれば、回避できたものでした。「NACEでは毎年、腐食防食業界のエンジニア約12,000人をトレーニングしています。しかし、世界中には350万人以上のエンジニアがいると言われており、焼け石に水といった状態です」とギャリティ氏は言います。腐食防止への投資は多額のイニシャルコストを要するものの、長期的にはコスト削減になることを、企業や各種機関が認識し始めてもいます。ギャリティ氏はこの点に対し、投資のリターンを計算する際にリスクマトリックスを作成することを推奨しています。「その設備の構造上の重要性を基に腐食リスクに優先順位をつけ、リストを上から順に確認して行くという作業です。」
ボルトは、その製造プロセスでは小さな部品にすぎませんが、設計時には注意が必要です。ボルトが錆びてしまうと、より大きな構造物や製品がバラバラになる危険性があります。「現代生活に不可欠な部品である締結部材は、信頼できるものでなければいけません」と話すのは、コロナド氏。「締結部材の腐食は、金属破壊や不具合に留まらず、高強度の締結部材の場合には、クラックや突然の不具合を引き起こします。耐食性の高い部材の使用が必ずしも効果的だとは限らないため、例えばコーティング等の腐食を軽減する別の方法を併用して保護を行うのです。」
亜鉛薄片コーティング(例えばデルタプロテクト®やデルタトーン®等)は現在、スチール製ボルトやワッシャーに対する最も一般的な保護方法です。このようなコーティングを塗料のように塗布し、焼き入れを行うことで、保護壁が形成されます。さらに何層か加えると、コーティングは摩擦防止コーティングの機能も果たします。他の方法としては、テフロンコーティングや溶融亜鉛メッキ等があります。
ノルトロックのサービスマネージャー、フランツ・レイマンによると、ボルトを選ぶ際に適切な材料と腐食防止方法を選ぶことは不可欠な要素です。「お客様は大抵、お客様が使用している材質やその使用環境について、なぜ私達があれこれ質問をするのか理解できないようです。が、私達が適切なボルト締結体を供給するためには、こういった細かなことを全て知る必要があるのです」とレイマンは言います。
彼が挙げた例は、16本の巨大ボルトで4本の脚に固定された4,000トンの洋上プラットフォームです。「もしこれらのボルトが腐食してしまったら、プラットフォーム上の全員が北海に投げ出されることになってしまいます。構造的に重要なボルトには、腐食に対する定期チェックが必要です。ボルトに腐食が見つかれば、その深刻度によってボルトを取り外して洗浄する、クラックのチェックを行って再度コーティングし直す、またはボルト全体を交換する等の対策を取る必要があります。」
腐食対策設計の仕方
- 腐食環境と要件を分析する。
- 十分な耐食性を有する材料で、極力電位差の少ないものを選ぶ。
- 水や汚れが溜まる、応力集中が発生する、浸食を引き起こすなどの幾何学形状は避ける。
- 腐食に関する要件を明確に定義する(例:ISO9227に準拠した塩水噴霧試験、ステンレスのASTM G48電気化学耐食性試験、ISO12944腐食環境分類等)