受け継がれ行く鋼の心
明治40年(1907年)に北海道室蘭市で創業した日本製鋼所(JSW)は、今やアジア・北米・欧州等、世界に21拠点をもつ大型鋳鍛鋼品、鋼板、産業機械部品等の老舗総合メーカーである。同社は世界最大670トンの鋼塊からプレス機やタービンシャフト、果ては日本刀までを製造する世界でも稀有な技術を有したまさに技術立国という言葉を代表するような企業で、近年では製品納入後のアフターサービスとして圧力容器やプレス機等のメンテナンスサービスも本格的に開始された。今回はそのJSW室蘭製作所にて、設備保全を30年以上に渡って担当して来た製造部管理課の川内谷 工氏を始め、生産設備の設計を同じく長年担当されて来た設備グループ 設計担当課長の小林 竜氏、同じく設計担当の菅 美里氏等多くの方々にお話を伺うことができた。
部署の垣根はまるで関係ない
まず最初に驚いたのは雰囲気の良さだ。取材中にも「チームワークの良さが最大の強み」「部署の垣根はまるで関係ない」というお話が同社の強みを伺う中で出てきたが、その言葉通りであることが空気感から伝わって来る。例えば前出の川内谷氏は、職人然とした妥協を許さない厳格さを感じさせる一方で、人情味豊かで周囲からの人望も厚い父親的な存在であることが伺える。その川内谷氏は長年設備保全に携わる中で「それを解決することが長年の夢」という課題を抱えていた。ハンマー打撃や油圧トルクレンチで締め付けていた大径ボルトが、年に3回ほど折れてしまうという事象があったという。しかし幸いにも、その「長年の夢」は数年前に叶えられた。
締め終わった時は感動した
ポンプのカバーボルトを締結するスーパーボルトの前で笑う川内谷氏
川内谷氏が現場で作業を行う際に、最も大切にしているものが「イメージ」だという。「頭の中で作業の段取りをイメージして、Aという方法が良いかBという方法が良いかの検討も含めて全てイメージするんです。それが終わって初めて作業を始める。」という川内谷氏にとって、ボルトの折損はプランを狂わせる大きな困り事だったに違いない。勿論、想定外のことが発生してもその経験から次善策を講じ、全てのイメージを再構築して再開すると言うが、ボルト折損のような設備の運転を停止しなければならない事象は、同氏も「いかに早く復旧するかという点に尽きる」と言うように、停止時間が延びれば延びるほど、後流の作業も止まり甚大な損失をもたらしてしまう。1日停止してしまうと数千万円では済まない額の損失が起こることもある。
川内谷氏が初めてスーパーボルトで大径ボルトを締結した時の感想は「感動」だった。スーパーボルトはその独特な形状から、初見では本当にこれで締結できるのかという疑問を持たれたり、ナットボディに配置された小さなジャックボルトを締め付けて行く作業が面倒なのではないかと言う人も多い。その点を同氏にぶつけてみたところ、「油圧トルクレンチではポンプ等の重いユニットが必要だし、ハンマー打撃は重労働で数が多いと本当にきつい。ジャックボルトを締めるのに多少の面倒さがあっても、今までのやり方と比べると疲労度は全然違いますよ。締め終わった時は、あぁ大したもんだなあと感動しました」。同氏はこの取材中に「感動」という言葉を5回も使って、いかにスーパーボルトで作業が楽になったかを説明してくれたが、それは同時に今までの締付方法がいかに重労働であったかを示しているとも言える。
ボルト折損を解決した特許技術
JSW自社製の14,000トン水圧鍛造プレス。ピット部を含めた全高は22Mにも達する。
作業面だけではない。スーパーボルトがボルト折損を防止できる理由はその特許構造にある。スーパーボルトには締結後に下部が外側へ開き、上部が内側へ狭まる形で僅かに変形することで、第一・第二ねじ山に集中する応力を全体に分散する「フレックスイン・フレックスアウト」構造を持ち、これがボルト折損を許さない機能上の秘密である。各ねじ山にかかる応力を解析してもスーパーボルトは非常にスムースに応力を均一化していることがデータにも表れる。油圧ナットを使用しても締結の苦労は低減できるものの、このようなボルト折損防止機能は無い。日本製鋼所ではこの部分に大きくメリットを感じ、「応力振幅があるような締結部には非常にメリットがありますよ」と小林氏は目を細める。また、この技術はノルトロックグループの特許によって保護されており、構造を模倣した類似品にも当然、この効果は無い。
小林氏は設計者の観点から、その他にもスーパーボルトの利点を挙げてくれた。「ハンマー打撃ほど人によって差が出るものもないわけです。カタカタするやつもあればガチっと締まってるのもある。締まっていても軸力はあまりかかっていないし、疲れてくると力も落ちる。その点スーパーボルトは誰が作業しても同じ状態に戻せるという優れた再現性がありますね。その結果、メンテナンスの安定性が確保されるんです。」言うまでもなく、再現性に優れるということは不完全な作業が発生するリスクを低減し、事故防止に繋がる。締結部によっては設備機器のパフォーマンスにも影響し、作業効率を向上できればメンテナンスコストだけでなく作業による運転停止時間も短縮でき、機会損失を削減できる。
機械製造メーカーの設計者がスーパーボルトの利点を手にするということは、その機械を使用し続けるエンドユーザーがこの先支払って行くコストをも削減できることを意味する。維持費の安さも「品質」と見なすのであれば、それは紛れもない品質向上となり、エンドユーザーへのサービスとも考えられる。機械メーカーの営業にとっても新たなセールスポイントが付加されることになるはずだ。
次の世代に託される歴史
「はがね塾」にて。若手に鋼を鍛えるハンマー振りを指導する川内谷氏
歴史ある企業は、歴史の重みを知る。JSW室蘭製作所では人材育成の一環として「製鋼とは何であるか」ということを若手に伝えるため「はがね塾」という訓練所を設けている。川内谷氏はそこで若手に「末端の作業一つ一つ」ではなく「製鋼」そのものを伝え、関連する技術を実践を交えて指導もしている。完成した製品ができるまでに、その素材である鋼がどのように加工され、またそこに携わる人間がどのような心でそれと向き合うべきか。ここでの川内谷氏はそうしたことも含めて次の世代に伝えようとしているように見える。
打たれ、鍛えられる鋼はしばしば人間の意思に例えられる。多くの企業・組織にとって人材育成は永遠のテーマとも言うべき課題だが、ここで見た「熱」は鋼が人間の意志に例えられる理由を如実に示していた。
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FACTS
顧客:株式会社 日本製鋼所
製品:14,000トン水圧プレス機および給水ポンプ
プレス機サイズ:地上高16.44M(ピット内含む全高約22M)
アプリケーション(プレス機):タイロッドバランサー(M180)
アプリケーション(ポンプ):カバーボルト(M64・4本1組×8ユニット)